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岡山地方裁判所 昭和34年(ワ)338号 判決 1962年7月12日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は、「被告は原告に対し金三四万八、五八〇円および昭和三四年七月二四日から右金員完済まで一日につき金三〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として

一、原告は岡山市上石井七四番地の七宅地三二坪五合の所有者であるが、被告は特別都市計画法に基く都市計画事業を施行し、昭和二六年六月五日原告に対し右土地の換地予定地として同番宅地三〇坪五合二勺(以下本件仮換地という)を指定した。

二、ところが本件仮換地上には全域にわたり、訴外某の建物ならびに工作物が存置されている。

三、前記都市計画事業の施行者である被告は、本件仮換地上に存する建物その他の工作物を所有する者に対し、その移転又は除却を命じ、これに応じないときは行政代執行法により強制的にこれを除却して仮換地を更地とした上、これを従前の土地所有者である原告に引渡す義務がある。しかるに被告は故意又は過失によつて本件仮換地上の前記建物等につき未だ移転、除却の措置をなさない。

四、このため原告は本件仮換地を使用収益することができず被換地指定のあつた前記日時以降次の如き損害を蒙つており、被告はその損害を賠償すべき義務がある。

しかしてその損害額は

(一)  昭和二六年六月から昭和三五年一二月末日までの本件仮換地使用により得べかりし利益額の喪失として金三四万八、五八〇円。

なお右損害額は本件仮換地の固定資産評価額の四倍をもつて時価とし、その五分をもつて得べかりし利益と見積り、別表計算書のとおり計算した前期間中の毎年度における右利益金合計金三九万八、六六六円から、同期間中に原告から本件仮換地の使用不能による損害補償金の内金として受取つた金五万〇、〇八六円を控除した残金三四万八、五八〇円である。

(二)  昭和三四年七月二四日から前項金員完済まで一日につき金三〇〇円の割合による遅延損害金。

その理由は原告は本件仮換地を売却して利潤を得ようとしたのであるが、前記の事情により本件仮換地を更地として売却することができないため金融難に陥り、やむなく昭和三四年七月二三日頃訴外信用金庫から利息日歩三銭の約定で金一〇〇万円を借り受け、窮状を打開したがその翌日から同金庫に右約定利息の支払いを余儀なくされている。これをなすに至つた原因は偏えに被告の前記処分懈怠に基くものであるから原告は前項の損害金三四万八、五八〇円の完済を受けるまで、右約定利息と同率の割合すなわち一日につき金三〇〇円の遅延損害金の支払いを求め得べきである。

五、よつて原告は被告に対し金三四万八、五八〇円および昭和三四年七月二四日から右金員支払いまで一日金三〇〇円の割合による各損害金の支払いを求めるため本訴請求に及ぶ。

六、予備的請求原因として、かりに被告に右損害賠償義務がないとしても、被告の許に所属する都市計画事務担当吏員が故意又は過失によつて本件仮換地上の前記建物等を移転、除却せず、そのため原告は前記のとおりの損害を蒙つているものであるから、国家賠償法第一条により被告は前記損害金と同額の損害金を原告に賠償すべき義務があり、原告はこれが支払いを求める

と述べた。

立証(省略)

被告代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として請求原因一、二の各事実は認めその他の各事実はこれを否認する。

都市計画における事業の施行者は土地所有権の目的物を公権的に変更する観念的な手続をするもので、該土地の占有を取得するものでない。したがつて換地又は換地予定地にある建物や工作物の収去は該建物や工作物の所有者又は占有者に請求すべきであり右事業の執行者にかかる義務はない。かかる義務がない以上、その不履行による損害賠償義務もないのであるから、被告に対し右の如き損害賠償を求める原告の本訴請求は理由がない。

なお被告は原告に対し本件仮換地指定の通知をなした際その書面に本件仮換地の一部につき使用上支障があるので、その使用開始の日を支障物件を移転するまで追つて定める旨の通知をなし、右通知後昭和三四年四月まで全部使用不能による損失の補償として合計金四万五三八七円を支払つているものである。

原告が予備的に請求する国家賠償法に基く損害の賠償は本位的請求と請求の基礎に変更がある追加的訴であるから、右訴の変更は許されない

と述べた。

立証(省略)

理由

被告が特別都市計画法に基く都市計画事業を施行し、昭和二六年六月五日原告に対しその所有の岡山市上石井七四番地の七宅地三二坪五合の換地予定地として本件仮換地を指定したこと、本件仮換地上には建物ならびに工作物が存在していることはいずれも当事者間に争いがない。

特別都市計画法第一三条第一四条第一五条および行政代執行法第二条によれば事業施行者は必要がある場合換地予定地を指定しこれを従前の土地の所有者に通知し、従前土地所有者はこの通知を受けた日の翌日から換地処分が効力を生ずる日まで従前の土地に対する権利の内容に従つて、仮換地を使用収益することができまた施行者は必要がある場合仮換地上に建物その他の工作物を所有する者に対し、三ケ月を下らない期間を定めてこれらの工作物の移転を命じ、これに従わないときはみずから代つて執行できる旨規定されている。しかして事業施行者の右移転命令の必要性についての判断は事柄の性質上、き束裁量と解すべきであるから、みだりに移転命令を発したり、或いはこれをなさなかつたりし得ないことはいうまでもない。しかし、仮換地処分は事業施行者が一旦土地の占有を取得してから再分配するところの手続ではなく、土地所有権の目的物を公権的に変更する観念的な手続に過ぎないので、事業施行者は従前の土地所有者に対し、仮換地上に存する建物、工作物を移転した上仮換地を現実に引渡すべき義務を負担するものではないといわなければならない。

そうすると本件につき被告は原告に対し本件仮換地上に存する前記建物、工作物等を移転すべき義務を負担するいわれがないから、この義務のあることを前提に被告においてその不履行ないし不法行為があつたとし、損害賠償を求める原告の本位的請求は爾余の点について判断をなすまでもなく、理由がなく失当というべきである。

そこで進んで原告の予備的に主張する国家賠償請求について判断する。

まず被告は原告が従来民法上の損害賠償請求をしてきたのに、予備的に国家賠償請求を追加したことは請求の基礎に変更がありこれを許されないと主張するので考えるに原告の右両請求はいずれも、本件仮換地の使用収益という基本的事実関係に基いて同一性格の損害賠償を請求するものであるから、ともにその請求の基礎を同じうするものというべく、右予備的請求は許すべきである。

よつてその本案につき検討するに、原告が被告から換地予定地として指定を受けた本件仮換地上には建物、工作物等が存在すること、特別都市計画法第一五条、行政代執行法第二条によれば事業施行者は必要があるときは仮換地上の建物等所有者に対しその移転を命じこれに応じないときは自ら代つて執行できる旨の規定があり、右規定における事業施行者の移転命令の必要性についての判断は、き束裁量と解すべきこと前述のとおりであり、被告に所属する岡山市都市計画事務担当吏員が本件仮換地上の前記建物等につき右移転命令のなしていないことは弁論の全趣旨によつて認められる。しかして事業施行者の移転命令の必要性についての判断がき束裁量と解すべきこと前記のとおりである以上右職務を担当する公務員がその職務を行うについて故意又は過失により不必要に右移転処分をなさず、それがため従前の土地所有者その他関係人に損害をかけたときはこれらの者は国又は公共団体に国家賠償を求め得べきである。しかしながら本件につき岡山市都市計画事務担当吏員が故意又は過失によつて不必要に本件仮換地上の前記建物等につき移転処分をなさなかつたという原告の主張は本件全立証によるもこれを確認できない。のみならずいずれも成立に争いのない甲第一号証、乙第一ないし第一七号証、証人小野郁明の証言に弁論の全趣旨を綜合すれば前記吏員が本件仮換地指定に当り、その地上の建物等を移転しなかつたのは従前から本件仮換地上の借地権につき関係者間に争いがあつて、その権利関係が確定しなかつたためであること、それで前記吏員は昭和二六年六月五日原告に対し本件仮換地の指定通知をなすとともにその通知書に右換地予定地の一部につき使用上支障があるので、その一部は支障物件移転後使用せられたい旨付記し、さらにその後原告に対し本件仮換地全般に建物等が存するためその使用開始の日を追つて定める旨通知し、かつこれにより原告が受けた損害の補償(特別都市計画法第一四条第三項、第五項参照)として昭和二八年一〇月から昭和三六年九月までの分合計金七万五、四九五円の支払いをなしていることが認められ、これによれば前記吏員が本件仮換地上の建物等につき移転処分をなさなかつたことは違法なものでないというべきである。

してみれば本件国家賠償請求については岡山市都市計画事務担当吏員に故意過失の責あるものと認められないから、その余の点について判断をなすまでもなく、その請求は失当であるといわなければならない。

よつて原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(別紙)

計算書

<省略>

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